こんにちは〜、
前回は高校生時代の話でした、
無事高校も卒業し、大学生になります。
大学を決めるときの一番の条件は”福岡に行くこと”でした。
バンドのメンバー、みんなできめたし、何より、今いる熊本よりも
音楽の活動が広がるかという理由でした。
しかし親からは”国立に行くなら福岡行ってもいい”という厳しいお言葉。
なんとか頑張って某教育大に合格、晴れて福岡でのひとり暮らしがはじまるのでした。
さて、大学はいって、初めはドラムを叩く場所の確保です。
ドラムを叩く場所・・・・とりあえず軽音楽部に入ってやれ!!
しかし、実は結構人見知りな私、自分から
”入りたいです!!!”なんて言えるはずもなく、
ひたすら軽音の人から声をかけてくれるのを待っていました。
サークルの勧誘が合っているとき、なんどか自分から乗り込んでいこうかとも思いましたが、
やはり勇気がありません。
しかたがないので軽音楽部の人たちがいるテントの周りをウロウロウロウロ・・・・
4週くらいしたでしょうかwやっと話しかけてもらえましたw
完全にタダの怪しい人だったと思います。
とりあえず、無事に入部、とりあえずドラムの練習場所が確保できた!!!!
と思ってました!!!
しかし、私の入った軽音楽部、じつはかなり有名な部で、
好きな人は他の大学、遠いところはわざわざ他県の大学から来てる人もいるような部でした。
そんな状況だから当然なかなか部室もあいていません。
まずバンドを組まないと放課後は練習できません。
休み時間に部室に行っても結構な割合で先輩が練習していますし、
入ってすぐのペーペーが自由にたたけるような空気もありません。
とりあえずは休み時間は先輩たちのたたくとこを見て、
みんなの練習が終わって帰ってしまった22時以降にこっそり部室に入って
消音パッドをつけて1日2〜3時間練習をするようになりました。
しかし、バンドを組まないとちゃんと音を出して練習ができません。
ちょうど夏に軽音楽部全体でやるサマーライブにむけて、みんなバンドを組みなさいというふうになっていたので、みんなで集まって誰と誰がバンドを組むかを話し合ってました。
ドラマーはもともと人数不足だったので、自分はすぐにバンドは決まりました。
高校生のときと同じ、ユニコーンのコピーバンドです。
しかし、それ以外のパート、特にボーカルとギターはっちゃいました。
せっかくの初ライブ、みんな参加したいですよね?
だから、余った人たちを集めて、そこでもう一個バンドを持つことを決めました。
しかし、メンバー・・・・・
みんな長髪男子・・・・・・・・
しかもでっかい・・・・・・・・・・
漫画に出て来そうなメタルのにいちゃんばっかりです。
当然やるのは”ヘビーメタル”
じつは高校生の頃からユニコーンをやりつつも音楽の趣向はそっちの方だったので、
そこについては問題なかったのですが、ここにきて”ツーバス(XJapanのYOSHIKIみたいにどこどこやるやつ)”という新たな障害が出て来たのです。
見た目こわっ!!!とか思ってましたが、気合いが入っているのは見た目だけでなく、
プレイもかなり凄い強者ぞろいでした。
初めはメタリカやジューダスプリーストというバンドのコピーをしていくのですが・・
ツーバス、めっちゃ出て来ます。今まで聞くのは好きでしたが、全くたたいたことがありません。しかも初心者にはあまりに気宇すぎるスピードのツーバス・・・
みんながやりたいと言っている曲なだけに自分としてもなんとかしたい!!
そこで高校生以来のエア・ドラム練習再開です
授業受けているときも、家にいるときもいっつも足ばたばたさせてました。
はじめは全然できないんですよ。もうね、すぐに右足と左足が同時になってしまう。左足が右足に釣られてしまうんです。
ほんとにいつか叩けるようになるのかよ?と思いながら、でもやるって言った以上やるしかない!!!
しかし、2ヶ月位たったある日、突然叩けるようになったのです!!
そうなってしまうと逆になんで叩けなかったのかが不思議になる。
あとはスピードをあげていくだけです・・・・・
なんて簡単なものじゃなかったですが、なんとかサマーライブには間に合いました!!
大学での初めてのライブ・・・・
そして初バンドお披露目・・・
かなりみんなの度肝を抜くことができました!!
大喜びで前に来てのってくれてる人、
ただただポカーンと口を開けて呆然と見ている人。
でっかいロン毛の兄ちゃんが仁王立ちで演奏しながら叫んでる姿、
ポップがメインのサークルだったので、かなり異様だったようですw
でも、このライブで、新たな目標が出来ました。
”1年生のうちに軽音最強のドラマーになる”ということと、
”このバンドでのし上がっていってやる”ということです。
そして、この時点、高校を卒業してたった3ヶ月チョイで、
大学入ってから練習もしないで遊び呆けてた
高校時代の仲間とはバンドをすることを諦めたのでした。
このバンドは大学の4年間、ばっちり続けました。
音楽性の微妙な違いから揉めることもたくさんありましたが、
それでもみんなこのバンド以外に一緒に演奏してて楽しい人間はいないこともわかっていたので、
喧嘩しながらもしっかりやって行きました。
はじめはコピー中心にやっていましたが、だんだん、オリジナルの曲にシフトしていって、
ちょいちょいライブハウスなんかにも出ていくようになります。
そして大学4年のある日、私のバンド人生を右に左に振り回してくれたある方と出会います・・・・
これはまた明日書きます!!
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